「リスキリング」とは、労働生産性や企業の競争力を高めるための一つの手法として近年注目されており、産業政策の一環として政府でも取り組まれている重要なテーマです。
この記事では、リスキリングを支援するための政府の取り組みについて解説します。
- 新しい資本主義の「人への投資」
- リスキリング支援の3本柱
- 骨太の方針
- 2024年度のリスキリング政策の予算
- 女性のリスキリング
- 2024年度の法改正に向けた議論
- リスキリング助成金
1、新しい資本主義の「人への投資」
岸田政権が掲げる「新しい資本主義」では「構造的な賃上げ」が一つの目玉になっています。
政府は、新しい資本主義の第一の柱として「人への投資」を重視しています。中でも、官民連携のリスキリングを後押しする方針で、これまで3年で4000億円としてきた人への投資関連の政策を、2022年には今後5年間で1兆円に拡大することを表明しました。
その具体化を進めるための政府と有識者で開かれる「新しい資本主義実現会議」では、「三位一体の労働市場改革」が打ち出されました。
- リスキリングによる能力向上支援
- 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
- 成長分野への労働移動の円滑化
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こうした動きは、従来の「雇用維持」の労働政策から「労働移動」への転換と言えます。
2、リスキリング支援の3本柱
さらに、政府は1.リスキリングによる能力向上支援のため、3本の柱を掲げています。
- 企業間・産業間の労働移動円滑化に重点を置いて非正規雇用を正規雇用に転換する企業や、転職・副業を受け入れる企業への支援の新設・拡充
- 在職者のキャリアアップのための転職支援に向け、民間専門家に相談してリスキリング・転職までを一気通貫で支援する制度を新設
- 労働者の訓練などを支援する企業への支援金の補助率引き上げなど、企業による在職者のリスキリング支援の強化
ここで注目されるのは転職を支援することにより重点が置かれていることです。「スキルを身につけ、より良い環境へ転職し、給与を上げていく」姿が描かれています。
一方で、企業の支援をバックにリスキリングをした社員が他社へ転職してしまうと、企業の投資資金は回収できなくなってしまうケースが考えられます。こうした「リスク」を踏まえると企業はリスキリングへの投資に慎重になってしまいます。そのため、政府が企業の人への投資を補助する必要があると言えます。
3、骨太の方針
政府は毎年6月に「経済財政運営と改革の基本方針」いわゆる「骨太の方針」を決めます。この骨太の方針で、今後の政府の重要政策や方向性を固め、年末の予算編成をしていく流れです。
2023年6月に決定された骨太の方針では、新しい資本主義実現会議での議論などを受けて、労働者のリスキリングを支援し、成長分野への労働移動を円滑にしていくことで日本企業と日本経済の成長を促す方針を示しています。
(骨太の方針2023より引用)
一人一人が自らのキャリアを選択する時代となってきた中、職務ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、労働者が自らの意思でリ・スキリングを行い、職務を選択できる制度に移行していくことが重要であり、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、労働者が自らの選択によって労働移動できるようにすることが急務である。
「リ・スキリングによる能力向上支援」については、現在、企業経由が中心となってい る在職者への学び直し支援策について、5年以内を目途に、効果を検証しつつ、過半が個人経由での給付が可能となるよう、個人への直接支援を拡充する。その際、教育訓練給付の拡充、教育訓練中の生活を支えるための給付や融資制度の創設について検討する。また、5年で1兆円の「人への投資」施策パッケージのフォローアップと施策の見直し等を行うほか、雇用調整助成金について、休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくなるよう助成率等の見直しを行う。
具体策として、教育訓練給付の拡充や、失業給付が迅速に給付されるよう取り組みを進めることが盛り込まれていることもポイントです。
4、2024年度のリスリング政策の予算
政府が2023年12月22日に決定した2024年度の予算案は、一般会計の総額が112兆717億円でした。
「人への投資」に重点が置かれ、厚生労働省では約2000億円を要求し、前年度の1500億円規模から3割積み増しています。そのうち、「リスキリングによる能⼒向上⽀援」として1468億を要求しています。
内訳として、
- 指定された教育訓練を修了した場合の費⽤の⼀部支給による経済社会の変化に対応した労働者個々⼈の学び、学び直しの支援
- 在職時からの継続的な支援を⾏う「リスキリング推進相談支援事業」(仮称)等の実施
- 「非正規雇⽤労働者等が働きながら学びやすい職業訓練試⾏事業」(仮称)の実施
- 公的職業訓練のデジタル分野の重点化や訓練修了⽣等への「実践の場」の提供によるデジタル推進⼈材の育成
- 労働者の主体的なリスキリングを支援する中⼩企業への賃⾦助成の拡充等による企業における⼈材育成の推進
- スキルアップを目的とした在籍型出向の推進
などが挙げられています。
(「令和6年度厚生労働省予算案のポイント」より)
5、女性のリスキリング
女性の活躍のための施策としてもリスキリング促進が挙げられていることに注目です。
(「令和6年度厚生労働省予算案のポイント」より)
2023年6月、骨太の方針とほぼ同じ時期にまとめられた「女性版骨太の方針2023」では「女性デジタル人材の育成等のリスキリングによる生産性の向上等を通じたキャリアアップの後押しなど、女性の所得向上・経済的自立に向けた取組を強化していく」と書き込まれていて、女性の非正規雇用労働者などへのリスキリングの促進も言及されています。
6、2024年度の法改正に向けた議論
予算のほかにも、必要な法制度のあり方に向けて各省庁で動き始めています。
中でも雇用保険制度について、従来の「失業時の生活安定を図る」という原則から「リスキリング」関連の給付は使途が大きく変わり、法改正が必要です。厚生労働省では、改正に向けた議論が2023年9月からスタートしました。
主な論点は以下の3つです。
(1)教育訓練給付の助成率拡大
(2)雇用調整助成金を教育訓練利用で拡充
これまでは休業した際の雇用の維持に重点を置いていましたが、学び直しの機会にするため訓練受講時の助成率を優遇します。
(3)自己都合での離職時の失業手当支給を早める
自己都合で退職してもリスキリングに取り組んでいれば失業給付を1週間程度で受け取れるようにします。
2024年度の通常国会で関連法の改正を目指します。
7、リスキリング助成金
リスキリングの導入には一定の費用が必要ですが、政府からの助成金を活用することで、その負担を軽減することが可能です。
ここでは「公益財団法人 東京しごと財団」を元に、下記内容を解説します。
- 申請可能者
- 助成限度額
- 申請の流れ
(1)申請可能者
DXリスキリング助成金は、東京都内の中小企業や個人事業主に対して、デジタルトランスフォーメーション(DX)に関連する職業訓練の経費を助成する制度です。申請可能な企業は以下の条件を満たす必要があります。
業種分類 | 資本金の額または出資の額 | 常時使用する従業員数 |
小売業・飲食店 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
上記以外の産業 | 3億円以下 | 300人以下 |
また、都内に本社または事業所の登記があり、訓練経費を従業員に負担させていないこと、国や地方公共団体からの助成を受けていないことなどの要件があります。
この助成金を活用することで、企業はDXに関連するスキルの向上や資格取得の支援が可能となります。
(2)助成限度額
この助成金は、都内中小企業等が従業員に対して、民間の教育機関等が提供するデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する職業訓練の経費を助成するものです。
助成対象経費 | 上限額 |
助成対象経費の3分の2 | 64万円/社・年度 |
また、助成対象経費には以下のものが含まれます。
- 受講料(消費税は対象外)
- 教科書代、教材費
- eラーニング実施に係るID登録料、管理料等
- 訓練に付随するヒアリング料等
この助成金は、DXに関する専門的な知識・技能の習得と向上を目的とする訓練又は資格の取得をするための訓練に対して適用されます。また、申請受付期間内に複数回の申請が可能で、上限額に達するまで申請することもできます。
この情報は、DXリスキリングの推進に興味を持つ企業にとって、貴重な資金援助の機会となるでしょう。特に中小企業にとっては、新しい技術の導入や従業員のスキルアップに向けた重要な支援策となる可能性があります。
(3)申請の流れ
下記プロセスを通じて、企業はDXに関連する訓練の経費を助成してもらうことができ、従業員のスキル向上を促進することが可能となります。
※オレンジ色で塗りつぶされている部分が申請者が行う手続きです。
また、申請は郵送のみで受け付けており、申請期間は令和5年4月1日(土)~令和6年2月29日(木)です。
PoliPoliで公開されているリスキリングの取り組み
誰でも政策に意見を届けることができる、政策共創プラットフォーム『PoliPoli』では、あえぐ40代に必要な「フレキシキュリティ」政策について、以下のような政策が掲載されています。
あなたの願いや意見が政策に反映されるかもしれないので、是非下記のリンクからコメントしてみてください。
PoliPoli|あえぐ40代に必要な「フレキシキュリティ」
(1)あえぐ40代に必要な「フレキシキュリティ」政策の政策提案者
議員名 | 伊藤 孝恵 |
政党 | 参議院議員・国民民主党 |
プロフィール | https://polipoli-web.com/politicians/UjZ0MPl8EOj5dUugcw2M/profile |
(2)あえぐ40代に必要な「フレキシキュリティ」政策の政策目標
政策目標は主に以下の通りです。
- セーフティネットとなる「転職者 ベーシックインカム制度」の導入
- 効果的な学び直しの推進
- 求職者と企業のマッチングによる雇用の流動化の実現
(3)実現への取り組み
実現への取り組みは以下の通りです。
- 現場における問題点の洗い出し、ヒアリング
- 失業中の生活保障
- 求職者と企業のマッチングによる雇用の流動化の実現
- 参加企業へのインセンティブ
- 雇用関連の事業主負担を国が負担して減免する制度の創設
この政策の詳細をより知りたい方や、政策の進捗を確認したい方は下記リンクからご確認ください。
まとめ
岸田政権の目玉の一つである「構造的な賃上げ」のための重要な政策として掲げられているリスキリング支援。厚生労働省を中心に予算や法改正の議論を経て具体策へ落とし込まれていきます。
教育訓練給付の拡充や失業給付の受け取り時期が変わるなど、働く人にとっては身近で大事な議論なので注目です。