現代技術の粋が詰まった「新500円硬貨」
新しい500円硬貨は当初、2021年度の上半期中に発行される予定でした。
しかし、2020年から流行した新型コロナウイルスが収束する気配が見えない中、いま流通させても新硬貨に対応する現金自動預払機(ATM)や自動券売機を改修できないとして、2021年1月22日に政府から発行延期が発表されています。
新たな500円硬貨の発行の決定は、2019年4月9日に発表されました。
発行の主題は「紙幣のデザイン変更」。
平成から令和への改元と合わせて発行紙幣も刷新することで、国民の改元機運を盛り上げようという狙いがあったと考えられています。
1万円札は福沢諭吉から「日本資本主義の父」渋沢栄一へ。
5千円札は樋口一葉から「女子教育の先駆者」津田梅子へ。
千円札は野口英世から「近代日本医学の父」北里柴三郎へ。
それぞれ大きなデザイン変更が行われる中、新500円硬貨は大幅な見た目の変更はされることはなく、新紙幣ほどの注目は集まりませんでしたが、そのリニューアルには現代技術の粋が込められています。
もっとも目を引く変更点は、新500円硬貨の縁周りと真ん中で色が異なる「バイカラー・クラッド」と呼ばれる構造。
「バイカラー」は2色を表し、その名の通り周囲は黄色っぽく、真ん中は銀色にリ・デザインされています。
黄色い部分はニッケル黄銅が、銀色の部分は白銅が使われており、それぞれの素材を3層で作り上げ、最終的にひとつにまとめる高度な技術が用いられています。
縁に刻まれる「ギザギザ」にも注目です。
通常、このギザギザは同じ幅、同じ長さで均等に入れられます。
しかし、この新500円硬貨では、一部を異なる形状で刻む「異形斜めギザ」が導入されます。
大量生産される硬貨において、これは世界初とのことです。
■2021年度内に流通予定の「新500円硬貨」(※財務相公式HPより)
歴代の500円硬貨と偽造職人との「戦い」
なぜ、新たに500円硬貨を流通させる必要があったのか。
主な理由は「偽造対策」だと言われています。
そもそも、500円硬貨というのは、世界的に見ても「高価な硬貨」。
多くの国々では、500円ほどの価値があれば紙幣で流通させています。
日本でも1982年に初代500円硬貨が発行されるまでは、500円紙幣が広く使われていました。
この「高価」な点に着目され、たびたび偽造500円硬貨が大量にばらまかれる事件が起こっています。
これまで、真鍮にニッケルメッキを施してデザインを模倣したものや、フィリピンの5ペソ硬貨(日本円で約11円)に加工を施したものなどが発見されていますが、もっとも問題視されたのが韓国の「500ウォン硬貨」を用いた偽造でした。
1982年に発行された「初代500円硬貨」と韓国の「500ウォン硬貨」は、材質は同じ白銅。直径も同じ26.5mmとまったく同じ。
日本の初代500円硬貨が7.0gだったのに対し、韓国の500ウォン硬貨は7.7gとやや重い以外、デザインも含めてうり二つでした。
そのため、500ウォン硬貨をドリルで少し削って重さを合わせ、自動販売機に投入すると500円と認識されてしまうことが判明。
500ウォンは日本円で約50円の価値しかありません。1990年代以降、全国の自動販売機で500ウォン硬貨を使った偽造500円硬貨が大量に発見される事態が起こりました。
対策が施され偽造が減少した2019年には、偽造500円硬貨が306枚発見されているのですが、1990年代後半には1年で数十万枚が流通してしまいます。
これを受けて、初代500円硬貨は2000年に「2代目」に生まれ変わることになります。
デザインの大きな変更は行わず、材質を「オール白銅」から銅72%、亜鉛20%、ニッケル8%のニッケル黄銅製に変更。
材質の変更によって電気伝導率を変え、自動販売機での偽造硬貨の検出を容易にするための措置でした。
この変更によって、500ウォン硬貨を使った偽造500円硬貨は激減していきます。
ちなみに、材質、デザイン、大きさと、とてもよく似ていた「500ウォン硬貨」。日本の500円硬貨の発行決定は「1981年5月15日」だったのに対し、韓国の500ウォン硬貨は「1982年6月12日」に決定しています。
■旧500円硬貨と500ウォン硬貨
■細工された500ウォン硬貨
偽造硬貨を撲滅せよ
2代目500円硬貨の登場以降、かつてのように容易に偽物を作ることはできなくなりました。
それでもニセ500円硬貨は作られています。
真鍮にニッケルメッキを施し、デザインをそっくりに作り上げたもの。
自動販売機では使用できないものの、大量の硬貨に紛れさせて銀行で両替させるなどの手口で使われ、一部が発見されています。
2020年の年末には、3代目500円硬貨の発行前の「駆け込み需要」で使われたのか、偽造硬貨が相次いで発見されました。
デザインはそっくり、材質も比率こそ若干異なるものの、本物と同じ銅、亜鉛、ニッケルを使用する手の混んだもの。
最新の自動販売機でも使用できる精度を持つものも見つかっており、偽造硬貨職人の技術力の高さに驚かされます。
2020年は1月〜9月までの間に、130枚の偽造500円硬貨が見つかりました。
素人目には区別がつかない巧妙な偽造硬貨、もしかすると広く世の中に拡散されてしまっているのかもしれません。
偽造硬貨対策として、新たに発行される3代目500円硬貨。
2021年1月現在、その登場は先延ばしになってしまいましたが、「『良貨』が『悪貨』を駆逐する」活躍が期待できそうです。