人口減社会でも増え続ける沖縄の人口
日本の人口はどのように推移してきたのか。
内閣府が公開している「人口」データを元に、昭和50年度(1975年)と平成29年度(2017年)の数字を見てみましょう。
昭和50年度も平成29年度も、人口がもっとも多いのは東京都。日本で唯一、1000万人を超える住民が暮らしています。
平成29年度の順位を見てみると、神奈川県、埼玉県、千葉県の躍進が目立ちます。
日本の経済発展の中心である東京都のベッドタウンとして、この40年の間に急激に人口を増やしているのがこの3県です。
一方で、人口が少ない県の上位2県は昭和50年度も平成29年度も変わらず、山陰地方の鳥取県と島根県。約半世紀にわたって、「日本でもっとも人口の少ない県」の座を死守し続けています。
昭和50年度の10位に位置づけている沖縄県ですが、この3年前、昭和47年(1972年)までアメリカの占領下にあり、日本に返還されてまだ3年しか経っていない時期でした。
沖縄県はその後、都会に疲れた(?)日本人の移住先として人気を集め、昭和51年度(1976年)から平成29年度に至るまで、対前年比で人口が減ることはなく、毎年県民を増やしています。
統計上、40年以上にわたって前年比で人口を増やし続けているのは、他に福岡県、神奈川県、愛知県、埼玉県の4県のみです。
集団就職から始まった都市部への集中
関東3県に急激に人口が集中したのはいつだったのか。前年比の人口増加率を見てみると、昭和50年代の前半に集中しているのがわかります。
昭和53年度(1978年)〜昭和55年度(1980年)の奈良県がランクインしているほかは、すべて埼玉県と千葉県が占めています。
内閣府が公開している統計とは別に、千葉県が行っている「千葉県毎月常住人口調査」には、昭和36年(1961年)以降の統計がまとめられています。
そちらを見てみると、昭和37年(1962年)の前年比2.43%増を皮切りに、昭和45年(1970年)には前年比16万6000人増の5.37%増。以後、昭和49年(1974年)まで毎年4%以上、県民が増えていることがわかります。
千葉県、埼玉県、神奈川県には、昭和30年代後半から昭和50年代にかけて、全国から人が集まっていたということでしょう。
昭和の高度経済成長期は、都市部における人手不足が深刻で、農家の次男以降の子は「金の卵」と呼ばれ、中学・高校を卒業すると集団で大都市に就職していきました。
一説には昭和30年(1955年)頃から始まったとされるこの集団就職が、関東3県での人口増の理由のひとつ、と考えても良いかもしれません。
一都三県に集中する人口
東京都の可住地面積1平方キロメートル当たりの人口密度は、昭和50年度には8212人だったものが、42年後の平成29年度には9654人と1400人以上も増加しました。その他、神奈川県は約1900人、埼玉県は約1000人、千葉県は約600人増加しています。
不況が長く続く現在でも、東京都への一極集中が緩和される様子はありません。平成29年度の可住地面積1平方キロメートル当たりの人口密度と、平成19年度の数字を比較してみると、全47都道府県のうち、人口が増えたのはわずか8都県だけ。そのうち4つを関東の一都三県が占めています。
「三密」を避けるならここ(?)
コロナ禍で、他人との接触を極力避けつつ、ビデオ会議やチャットシステムを活用して、遠隔で仕事をするとなれば、「人口密度が少ない県」に移住するのが一番!
名所の数や住みやすさ、学校の近さや病院の数、気温や気候はもちろん、娯楽の有無やスーパーへの距離などは一切無視!
「可住地面積1平方キロメートル当たりの人口密度が少ない」という点だけにフォーカスした、ワーケーションや移住に適した県トップ10をご紹介します。
1位 広さこそ正義!「北海道」237.8人
2位 悪い子はいない! 「秋田県」310.7人
3位 海の幸も山の幸も!「岩手県」337.9人
4位 さくらんぼ!「山形県」381.9人
5位 イタコに相談し放題!「青森県」395.9人
6位 海も山も湖も!「福島県」446.3人
7位 本州最南端!「鹿児島県」490.7人
8位 米も魚も酒も美味い!「新潟県」499.7人
9位 出雲大社行き放題!「島根県」527.3人
10位 大迫力の黒部ダム!「富山県」573.0人
※Uターン/Iターンを考慮される際には、住みやすさや周囲の環境についてもご考慮の上、ご決断のほど御願いいたします。(編集部)