半導体不足など、私たちの生活でも身近になっている経済安全保障。2021年岸田政権で創設された経済安全保障担当大臣の初代を務めた小林鷹之議員(以下、小林議員)に経済安全保障の必要性と日本における展望、さらに政治への思いについて聞きました。
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 中井澤卓哉)
小林 鷹之(こばやし たかゆき)氏
1974年生まれ(48歳)。衆議院議員(4期)。元財務省官僚。
2012年、千葉2区から初当選。防衛大臣政務官、2021年・22年に経済安全保障担当大臣を歴任。
身長186cm。趣味はマラソン(ベストタイムは3時間50分)。
(1)日本を「世界をリードする国」へ
ーそもそも、なぜ政治家を目指したのでしょうか?
直接のきっかけは、2009年の自民党から民主党への政権交代でした。
2007年から財務省の出向でワシントンの日本大使館に書記官として赴任していたのですが、自分が思っていたよりもアメリカでの日本の存在感が薄いことに危機感を覚えました。
そんな中の政権交代で、当時の総理の発言等で日米関係がおかしくなっていくにもかかわらず、小さな日本という国の中で与野党が内向きな争いしているようにしか見えなかった。「もっと国際的に存在感を高めることをしないといけない」「少しでも日本の政治を変えたい」という思いが強くなり、自分が政治の世界に挑戦しようと思い、財務省を辞めました。
ー思い切った挑戦だったように見受けられます
そうですね。ただ、小学校6年生か中学校1年生の文集で、「内閣総理大臣になる」と書いたことがあったんです。政治に対して漠然と関心があったのだと思います。
私は1974年生まれで、世界から「Japan as No.1」と呼ばれた中で育った世代です。物心ついた時の総理は中曽根(康弘)総理。「日本ってすごい国だなあ。国のリーダーって風格があるなあ。」と思いながら育ったのですが、高校生の時に冷戦が終わって、バブルが崩壊し、それに合わせて日本の国際的な存在感も下がっていきました。
その後、実際に自分がアメリカに行ったら存在感がない、日本への関心はそれほど高くない、と感じてしまった。
ー日本の存在感を上げる、という思いが原動力なんですね
そうです。初当選前からずっと言い続けてるのが「日本を、世界をリードする国にする」ということです。
(2)「二流、三流の国になってしまう」という危機感
ー国際的な存在感の低下に対する危機感を持つ中、小林議員は2021年から22年に初代「経済安全保障担当大臣」を務めました。経済安全保障とは何でしょうか?
経済安全保障とは、国家安全保障戦略で定義された国益、つまりわが国の生存、独立および繁栄を経済面から確保することで、その最大の目的は日本の経済の持続的な成長を目指すことです。その目的を達成するために、重要なポイントが2つあります。
(図1)自民党・経済安全保障推進本部(2022)「わが国が目指すべき経済安全保障の全体像について〜新たな国家安全保障戦略策定に向けて〜」より。
1つ目は、「自律性の確保」です。
簡単にいうと、他国に過度に依存することなく、どんな状況にあっても社会活動や経済活動を維持できるようにすることです。重要物資などを、自国である程度確保できるようにすることもその一つです。例えば、コロナ禍ではワクチンや医療用のマスク等が品薄になりましたが、これは大半を外国からの輸入に頼っていたことが背景にあります。また、コロナ禍やウクライナ侵攻など、さまざまな理由で半導体が不足し、実際に私たちの暮らしにダイレクトに影響するんだということを多くの国民の皆さんも感じたと思います。
このようなことが今後起こらないように、いざという時に重要・必要な物資をしっかり確保できるようにしよう、ということです。
2つ目は、「不可欠性の維持・獲得」です。
これは1つ目の「自律性の確保」とは逆の視点で、他国が日本に頼る構造をいかにつくるか、ということです。
例えば、先ほど半導体不足のことを申し上げましたが、現在、熊本や北海道で国が大きく関与する形で半導体産業の再生に挑んでいます。これは、半導体材料や製造装置については、元々日本が得意な領域ですが、汎用半導体から次世代半導体、さらには5年・10年後を見据えた次次世代半導体についても日本が優位性を獲得するために数年前から検討していたものです。将来的に、他国に頼ってもらえる状況を作ることが重要だと思っています。
一昔前とは異なり、現在日本は先端半導体の大半を他国に頼らざるを得ない状況ですが、日本の強みを強化しつつ、経済的な側面から、国民の暮らしをどうやって守るのかということをしっかり考えることが必要です。
ー経済安全保障に取り組もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、先端技術の海外流出が相次いだことです。
日本企業の先端技術が次々と海外に流出していることに危機感を持ちました。今もこうした事例は見られます。事業提携や買収といった合法的なものから、非合法的な方法での流出もあります。どうやったらそれを防げるのか。今から5〜6年前に、この切り口から検討を始めたのがきっかけです。
日本の大学や企業から重要な技術が流出するということは、直接関わってきた研究者や企業の利益を毀損するだけでなく、結果としてわが国の経済成長をも妨げることにつながります。このままだと「日本は二流、三流の国になってしまう」との思いを持ち、当時、知的財産戦略調査会の会長だった甘利明議員に相談し、調査会の下に小委員会を作って2年間議論を続けました。機微に触れる話が多いので、限られた少数の議員や関係者のみで、非公開の形としました。
例えば、外国為替及び外国貿易法(外為法)という法律があります。外国企業が日本企業に投資をすることは基本的には自由ですが、武器や原子力といった安全保障に関係する企業については一定の規制をかける法律です。この外為法による規制をどのように強化あるいは適正化していくのか。また、留学生や海外からの研究者に開かれた国であるべきですが、中には特定の思惑を持って来日する人が紛れ込むリスクがあるので、入国管理のあり方も考えなくてはなりません。こうしたさまざまなテーマについて議論をしました。
経済安全保障推進法の「特許の非公開」や、今まさに議論が進んでいるセキュリティクリアランス※の件も、当時から議論を深めてきた政策課題の一部です。
※安全保障上の機密を扱う政府職員や民間人らに情報へのアクセス資格を付与する制度
ー小林議員は、「国力」の1つに経済安全保障を位置付けています。経済安全保障の強化が、日本の国力を上げ、国際的な存在感を高めることにつながるということでしょうか?
その通りです。従来は「経済」と「安全保障」を切り分けて考える傾向がありました。しかし、両者が密接に関連して分けて考えることが難しくなっているのが今の時代です。国民の生活を豊かにする「経済」の側面と、国民の生活や命を守る「安全保障」の側面が表裏一体になっているとも言えます。コロナ禍のマスク不足や、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰などが好例です。
この経済安全保障を支えているのが「イノベーション」です。日本語にすると「技術革新」という少し狭い意味になってしまうのですが、もう少し広く捉えて「社会に対して新しい価値を提供するもの」と捉えています。
そして、これら全体を支えるのが、図の一番下にある「教育」です。これは、イノベーションを起こすのも、それをどのように活用するかを決めるのも最終的には人であることから、教育が根幹として重要という意図で土台に据えています。ここでいう教育は、国語や算数など基礎的な学力のみならず、教養、倫理、胆力など人間力全般を育む教育を意味しています。
(図2)JETC トップフォーラム「経済安全保障政策について」小林議員資料より
(3)名古屋港サイバー攻撃から考える「リスク点検」
ー経済安全保障について、今後の課題としてどのようなものがありますか?
先ほど、経済安全保障の全体像についてお話ししましたが、それを実現するためにしっかり行わないといけないことは「リスク点検」という作業です。
リスク点検とは、「こんなことあり得ないんじゃないか」というところまでとことんリスクシナリオを考えて、そのシナリオが起こった場合の対応として何が足りないかを洗い出すことです。大臣時代に、仕組みとしてそのようなリスク点検を行う仕組みを導入したのですが、各省庁の意識の差もあって、リスク点検への取り組み方がまだまだ足りないと思っています。
例えば最近、名古屋港がサイバー攻撃を受けて一時的に港が使えなくなる事案がありました。もちろんサイバー攻撃に関する想定はしていたと思うのですが、港のシステムについてはおそらく手薄になっていたと思います。
そのようなところを含めて、しっかり対応できるような体制を整えることを急いでやらなければいけません。
ーサイバー攻撃の手法も日に日に変わっていくので、ある意味イタチごっこですね
まさにその通りです。だからこそ、「こんなことは起こらないでしょう」と思考停止になるのではなく、想像力を働かせていろんなリスクシナリオを日々考えないといけません。
(4)重要なのは「情報収集体制の強化」と「貪欲に学ぶ姿勢」
ー今後の経済安全保障政策で、小林議員が考える重要なポイントは何でしょうか?
「経済インテリジェンス」と私は呼んでいますが、国内外の動向や情報をしっかり把握できる体制を作る必要があると考えています。
国内外の先進技術の研究開発動向がどうなっているとか、国内外の企業がどこに・どのような設備を持ち、どのような投資をしようとしているのか、どの企業を買収しようとしているのか、などといった情報の収集体制を、国として早急に強化していかなければなりません。この図でいうと、6番の部分に該当します。
(図1を再掲)
ー「情報」という観点でいうと、特にIT分野だと先進技術を持っているのはほとんど外資企業という現状があります。そういった企業とはどういう関わり方が考えられますか?
今、日本が、アメリカや中国に対して全ての技術分野で勝つのは難しい話なので、どの分野で日本が強みを持てるかについて精査する必要があります。先を進んでいる外資企業があるのであれば、そこから貪欲に学ぶべきだと思います。また、外資企業であっても、日本の成長のために取り組んでくれるのであれば、一緒にやればいいと思います。そこは当然のことながら、win-winの関係でなければ成立しませんが。
TSMC(台湾積体電路製造)の日本への工場進出もその1つです。TSMC社を皮切りに、熊本や九州の中小企業や地域も盛り上がってきます。半導体をこれから勉強してみようという人も増えるだろうし、とても意義があると思います。
(5)政治に希望を
ー最後に、読者にメッセージをお願いします
経済安全保障は、守りの政策のイメージがあるのですが、目的は持続的な経済成長という前向きなものです。ここは重要なポイントで、持続的な経済成長を政治だけでなく、アカデミア・民間も一緒になって目指していかなければなりません。
そして、政治に希望を持ってもらいたいです。
日本の将来のことを考えると、現状はネガティブな考え方が結構多いと感じています。
でも、私は日本には可能性があると思っています。だからこそ、政治が先導を切ってやることは、夢や希望を生み、作ることだと思っています。半導体だけではなく宇宙産業もそうですし、もっと前向きに、日本の企業とアカデミアの皆さんの力を結集すれば、まだまだ日本の存在感を高めていけると思います。その先に、「世界をリードする国、日本」の実現があると信じています。若い皆さんとともに、日本の未来を作っていけるよう、力を尽くしていきます。